友人関係について 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで①
先日、やっと村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読むことができました。好き嫌いの分かれる作家として有名な村上春樹ですが、私は独特の世界観がとても好きです。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も、個人的にはかなりツボで、あっという間に読み終えてしまいました。読んだ感想としては、今までの作品とはかなり違ったテイストに仕上がっていて、かなり驚きました。今までの作品と本作の違いなど、語りたいことは山ほどあるのですが、今回はこの作品を読んで感じた友人関係について聞きたいと思います。
以下、作品の内容に触れながら友人関係について自分の感じたことをつらつらと書いていくのですが、ネタバレも含まれてしまうので、まだ読んだことのなく、今後読む予定のある方はそっと閉じたほうがいいかもしれません…
今回は、友人と築く共同体での個人の役割について、考えてみたいと思います。そして、元気があればこの次の更新で物理的な距離が友人関係に与える影響について書きたいと思います。
友人関係というコミュニティでの役割分担
今回読んだ小説を究極に要約すると、「高校時代にとても仲の良かった5人グループからなぜか主人公が追放され、大人になった主人公はその理由を探るために他のメンバーに会いに行く」というような話です(村上春樹に「やれやれ」と言われてしまいそうなひどい要約ですが、今回書きたいことは作品についてではないので勘弁してください)。
その5人のグループは、主人公に言わせると「乱れなく調和する共同体」であり、それぞれが違った魅力的な個性を持ち、素晴らしい時間を共有していたのです。
主人公はこのグループに自分が加えられている理由が分からないという思いが心にあったのですが、大人になって会った友人たちは主人公もその共同体の中でなくてはならない役割を担っていたと語り、結局主人公のかけた共同体は以前の調和を失っていたことが判明しました。
私はこうした記述を読んで、心からうらやましいな、と感じました。
世の中の人で、こうした「乱れなく調和する共同体」の一員であることを経験できた人ってどれくらいいるのでしょう?メンバーの一人一人がその共同体にとってなくてはならないほど完璧な関係性を現実で構築することはなかなか難しいような気がします。また、共同体がそうした完璧な関係性を構築できているか判定することも難しいと思います。
全員いた時は問題なかったのに、ある人が何らかの理由でいなくなってしまってから何となくギクシャクして自然と集まらなくなった…という経験はおそらく多くの人にあると思います。
しかしまた、ある人がいなくなってしまっても、共同体が崩壊することはなく、問題なく以前の関係性が続いているという経験もしたことがある人も多いのではないでしょうか。
あくまで個人的な推測ですが、前者の場合、その共同体が全員がかけがえのない役割を担っていたからうまくいかなくなったのではなく、そのいなくなった人が共同体の核であったというパターンがほとんどではないでしょうか。
なぜ後者の場合は大丈夫だったかというと、その人はその共同体において、不可欠な役割を担っていなかったからだと思うのです。
結局こう考えると、上記の2つは役割を担っていた人が抜けたか、それでない人が抜けたのかの違いであって、両方とも共同体自体はこの小説のものとは全く違うものですよね。
「乱れなく調和する共同体」に属していたことがないので私にはわかりませんが、そこに属している人はだれ一人欠けてはいけないことが感覚としてわかるものなのでしょうか。
もし自分が「抜ける」立場だとしたら…
もし自分がいつも一緒にいた共同体から離れなければならなくなった時、自分がいなくてもその共同体が特に問題もなく継続しているとわかったら、いなくなった人からするとかなりショックじゃないですか。あれだけ楽しかった思い出は、自分がいなくても問題はなかったと考えるのは。
ちなみに私はあまり社交的なほうではなく、友達は多くありません。
しかし、今でも関係の続いている高校時代、大学時代から仲の良く、今でも会うグループもあります。この小説を読んで、もしそのグループから自分がいなくなったらどうなるだろうかと考えて、ちょっと憂鬱な気分になりました(高校時代の共同体は自分がいなくても問題なく続いていきそう。大学時代のほうは五分五分かなぁ…)。
私は、客観的に言って個性や長所も特にない人間です。そして、今自分が属していると思われる様々な共同体にとって必要不可欠な役割を担えているわけでもないなあ、とこの小説を読んで感じました。でもきっと、私のように「共同体の中で大した役割を担うことができていない人」は、現実にはかなりいるんじゃないかなあ。
いつかこの小説の5人のような、「乱れなく調和する共同体」の一員である感覚を味わってみたいものです。
途中から何を書いているのかよくわからなくなってしまった…
それでは!
