喫茶店にて
この前、仕事をするために喫茶店に入ったところ、隣の席の男女二人がふと目についた。
若くパリッとしたスーツを着た二十代前半と思われる女性と、チャラついた格好で、長めの髪をツンツンに立てた三十代前半の男性という、少し違和感を覚える組み合わせ。
ぼんやり耳をそばだてていたところ、女性が男性に対して、自分の会社に入るよう、リクルート活動をしているようだということがわかった。
ただのリクルート活動であれば、男性の格好が気になるものの、特に問題ない。
ところが漏れ伝わってくる話がどうもおかしい。
女性は、自社の社長が素晴らしい人格者であること、人間として成長できる職場であることを熱心に語っている。
しかし、肝心の仕事内容には一切触れない。
痺れを切らした男性が仕事内容について質問したところ、なんと女性は「仕事内容は言えない」と言い切った。
仕事内容を伝えずに、入社させることなんて可能なのだろうか…
自分と、同じく聞き耳を立てている向かいの席の女性も同じ感想を抱いたはずだ。
だが、肝心の男性は特に気にするようにもなく、「そこをなんとか!」なんて調子の良い合いの手を入れている。
それでも女性はモゴモゴ意味不明の発言を繰り返したのち、聞かれてもいないにもかかわらず、「法に触れるようなことはやっていない」と言い出した。
それを自分から言い出すのは、悪手ですよ…と思ったが、男性は全く気にしてない様子。
さらに男性が食い下がった結果、ネットワークビジネスなるものが本業らしいことがわかった。
そのワードを聞いてきな臭いなと思ってしまったのは、自分が古い人間だからなのだろうか、男性は「そうなんですね!」と目をキラキラさせて聞いており、特に身構えた様子はない。
しかし、ここで流れが変わる。
なぜか、男性が自分語りをはじめたのだ。
要約すると、「今は働いていないが、ビッグになりたい。しかし、何をやればいいのかはわからない」ということだった。
「それならうちの会社で人脈をつくり、ビッグになりましょう!」なんて言うものだから、完全に入社する流れになってしまった。
それでいいのかと思ったが、そんな厚かましいこと言うこともできないし、そんな権利もない。
ここでお店を出てしまったが、その後どうなったのかとても気になっている。
今までは、どうしてマルチ商法やら何やら、怪しいビジネスがあるのか不思議で仕方なかったが、少し理由がわかった気がした。
世の中には、何者かになりたくて、でもなれない現状を打破するために手を出してしまう人が結構いるのかもしれない。
正直、気持ちはわかるから、少し何かが違えば、自分が勧誘される男性だったかもしれないし、そう思うと、なんとも言えない気持ちになった。